カリニョーゾ Carinhoso

「カリニョーゾ」はブラジル音楽の父が遺した名曲です。

ブラジルのポピュラー音楽の父と呼ばれる”Pixinguinha(ピシンギーニャ 897-1973を)代表する名曲中の名曲。

ブラジル人でこの曲を知らない人はまずいないだろう。
彼は13歳の頃からフルートを吹きこなし、22歳だった1919年に有名なOs Oito Batutas(
オス・オイト・バトゥータス)を結成。
1922年にはそのグループでパリにも行って話題を呼ぶ。その時ジャズに接して影響を受け、やはり天才フルート奏者のBenedito Lacerda(ベネヂート・ラセルダ)と組んで素晴らしい録音を沢山残した。

ところが本国ブラジルではクラシック畑の音楽家は、高く評価しても、ピシンギーニャが深く関わった”Choro(ショーロ)”や”サンバ”はスラム地区から生まれた音楽だったせいか概して低く見る傾向があるのは残念である。
ピシンギーニャがこの曲を作ったのは1917年とも1932年とも云われるが、1937年にJoao De Barro(ジョアン・ヂ・バロ)が歌詞をつけて当時の人気歌手”Orlando Silva(オルランド・シルヴァ)”が初めて録音し、脚光を浴びるようになった。
作曲後随分長いこと陽の目をみなかったのは、ジャズなどの影響を受けすぎているという批判を気にしたせいだといわれている。

私の心は、なぜかあなたを見ると幸せにときめく
ああ、私の愛の深さをあなたに知って、もらえたら
あなたが私から離れてゆく事はもう無いだろう

来て私の唇の熱さ感じに来て
私に心を食い尽くすこの情熱を殺しに来て


なんとも激しい愛の唄であるが、実に魅力的なコード進行で曲をまとめ、中ほどに”ショーロ”っぽいアドリブを挿入している辺りはピシンギーニャならではの曲図栗である。

こんなに美しい曲を皆で歌えるブラジルの人たちはなんて幸せなんだろうと想うことしきりである。
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by g_vocal | 2006-12-22 00:59 | ラテン
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